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Amazing grace

もうひとつのAmazing Grace 唄 
本田美奈子→ http://www.youtube.com/v/zqjD3k-qkLY&rel=1
オルゴール→http://www.geocities.jp/mani359/meiamazinggrace.html
いろんなシンガーが歌っているのですが本田美奈子さんの唄うAmazing Graceが有名になって、がん撲滅のシンボルの唄のようになってしまいました。
原詩はともかく、本田美奈子さんが唄うそれは、切なさがありますね。
はかなく燃え尽きようとする命をかき集めて奮い立たせようとする魂の叫びのような響きがあります。

もともとはどんな歌だったのだろうと、興味をもって調べていました。
いつかはここで紹介したい歌詞でした。
まだ、原詩の意味を十分に理解していないので翻訳は途中です。
背景が良くわからないのと語学力の無さがネックだわ~

作詞者ジョンは、黒人奴隷を輸送する若き船長だった。
ある日、奴隷を乗せた船が嵐に遭い、難破の危険にさらされ必死に神に祈ったと。
嵐の海にもまれながら今尽きようとするわが身の命と、異国に売られようとしている黒人達の命が同じものと気づいた。
それまで人でなく家畜だと思っていた過ちに気づいた瞬間だった。
数年の後、船をおり、神父になり奴隷商を後悔して作った賛美歌がこのAmazing graceだと。
   written by John Newton
Amazing Grace! How sweet the sound   
That saved a wretch like me!         
I once was lost, but now I'm found,     

Was blind, but now I see.  
目をみはるばかりの慈悲 なんと耳に心地よい響きだろう
それは、私のような漂流者を救い給もうた

一度は見失い、今また気づいた
あの時には見えなかった、しかし今は見える

'Twas grace that taught my heart to fear,  
And grace my fears relieved;         
How precious did that grace appear,    
The hour I first believed!           
Through many dangers, toils and snares,
I have already come; 

その慈悲は私の心に怖れを教えた
そして私の怖れは救われた
なんとかけがえのない奇跡にふれたのだろう
その瞬間(とき)私は初めて救われたのだ
多くの危険と危うい綱渡りのような誘惑を越えて
今私はここにいる
'Tis grace has brought me safe thus far,
And grace will lead me home.
The Lord has promised good to me,
His word my hope secures;
He will my Shield and Portion be,
As long as life endures.
その優しさに私は安らぎに包まれる
そして私を安住の住家へと導いた
主は私にすばらしい未来を約束した
その言葉は私のゆるぎない希望となった
主は私の罪をぬぐい去り癒した
命ある限り
Yes, when this flesh and heart shall fail,
And mortal life shall cease;
I shall possess, within the veil,
A life of joy and peace.
The earth shall soon dissolve like snow,
The sun forbear to shine;
やがてこの肉体と心はくちる
生身の命はそれが定め
生きる喜びとやすらぎをベールの内に包みながら・・・・
大地の雪が解けるように
日の出の太陽が光を差し込む直前のように

But God, Who called me  here below,
Will be forever mine.
When we've been there ten thousand years,
Bright shining as the sun,
We've no less days to sing God's praise
Than when we'd first begun.

主が私を召し足下で永久(とわ)に共に歩むことを命じたとき
私も主とともにこの地を限りなく輝かせ続けよう
私が初めて神の慈悲にふれたときのように神を称え続けよう
関連: 218.I WANT TO LIVE  by John Dember Feb.24 2008
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232.独標に祈る

番外:遭難 を書きながら一つの山の遭難事故を思い出した。 「独標に祈る」というのは、松本深志高校西穂遭難追悼文集の本のタイトルだ。

高校時代に図書館で目にとまり読んだ。
当時の全ての県立高校に寄贈されたものだ。

もう大分記憶があいまいになってしまったが
1967年8月1日、西穂高独標から松本深志高校の生徒60人が教師数人
と下山中落雷に遭遇し11名死亡、13人負傷の山岳事故有数の大惨事だ。

西穂高山荘からわずか70分ほどの山岳コースだが、山の天気は変わりやすい。
下りで雷雲にまきこまれ、雷鳴を聞きながら2名の登山パーティーが岩影に避難しているのを通りすぎて下山を急いだ。
生徒の列に轟音と共に雷が落ちたとき、鎖で降りていた生徒2人が転落死した。
この落雷で他に9人が感電死し、負傷者13人の中には教師も含まれていた。

「独標に祈る」の巻頭に遭難者の遺品が写されていた。
雷の放電が肩から足にぬけ、金具が焼け破れたキャラバンシューズの写真があった。
被害者1人1人の状態が克明に記載されている。
生存者の記憶をもとに分刻みの記録だ。
心臓が止まり、耳から血が流れている生徒を必死に蘇生を試みた教師もいた。
救助のヘリが到着し死者より生存者を優先する救助隊員に対し、教師達は検死がすむまでは怪我人と同様に扱って欲しいと必死に懇願した。

★被害者の1人は、幼年期にいじめられみかえしてやるんだと泣きながら勉強したと。

★落語クラブに所属し、その生徒の創作落語が載せられていた。
   ・・・・ある疑いぶかい男が饅頭屋の前で
  「饅頭屋さん、おまえさんのとこの饅頭本当にうまいんかのう?」
  「お客さん、本当にうまいですよ買ってくださいな」
  「おらあ田舎ものだからすぐ騙されるだ」
  「本当にうまいかどうか一つ目の前で食べてくだせぇ」
  「はいはい食べろとお客さんがおっしゃるなら食べて見せますよ、
   ああ うまい」
  「もうひとつ食べてみてくだせぇ」
  「いくらでも食べますよ、ほらうまい」
  「もうひとつ食べてみてくだせぇ」   「はいはい、ではもうひとつ」
  「もうひとつ食べてみてくだせぇ」   「うまいうまい」
  「う~ん・・・・きょうは饅頭はやめにしとこう」
  「あっ、お客さんお代を下さい」
  「田舎者だと馬鹿にして何言うだ。おらあ饅頭ひとつも食ってねぇ」
  お代を払え払わないの問答を聞きつけた役人が
  「なんだい?食い逃げかい?」
  「いえ、食わせ逃げです」
・・・・・・・・あふれる才能の持ち主だった。

doppyou 引率の教師達にどんな判断ミスがあったのかわからない。
この落雷で怪我をした教師が高校を去り、後に信州大学の教育学部で教鞭をとり陸上部の顧問になった。
かたくりが乗鞍の大学付属施設で体育会の研修に参加したときにこの先生の体験を聞かされた。
「本当はおれはあのとき死んでたの。今は自分を捨てて学生のことだけを考えて生きている。」
「おれがいつどうなろうと、いつかある日 山で死んだら♪ だよ」
この大惨事で背負った十字架の重さを思った。
関連 http://www.inett.or.jp/mt-chou/news/news_070803.html
付記:松本深志高校というのは、「さようなら クロ」という犬の映画の舞台になった高校だ。
原作ではこの遭難も書かれているとのこと。
県下で三指にはいる県立の進学校で、遭難がなければ輝かしい未来を歩むはずの命だった。Feb.07 2008
さよなら、クロ ~世界一幸せな犬の物語~ メモリアルBOX
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遭難

スーパーから買い物の帰路、カーラジオから広島のスキー場の7人の遭難について、全員救助された旨のニュースを聞いた。
天候不順なときにコース外を滑るとはなんと軽率な輩か!
という思いもあるが命より大切なものはないので懲りて今後は自重して欲しいもんだと思った。

栂池スキー場で雪崩に巻き込まれた愛知大の学生7人のうち2人死亡というのは、とても残念。
最初にニュースを聞いたときには驚いた。
ここのスキー場は扇方に下へいくほど開いており
下は広く傾斜はなだらかで上級者は上で滑り
初心者は下で安心して滑られるコースになっているから
初めはありえないと思った。

一番上から、積雪状態から雪崩の危険があり
立ち入り禁止のネットを超えて初級コースの車道に進入したとの事。
スキー場では初級コースに進入禁止と警告の場内放送を流したらしい。

どこのスキー場も車道を初級者コースとしているが、
幅が狭くプルークボーゲンで制動もできないような初心者を上につれていくこと自体が判断ミスだ。
天候が崩れているときに十分広く安全に滑れる下で何故滑らないのだろう。
上までいっても眺望も悪くメリットがない。
また、プルークと斜滑降さえできれば、中級コースでも降りられるはず。
せめて初心者には、怪我をしない転び方・方向転換・プルーク・斜滑降ができるまで下で練習するべきだった。
また、全てのスキー場の管理側も車道を初級者コースするのはやめて欲しい。

スキーは楽しく滑るものだ。
無理して滑るものではない。
ひとつの痛ましい遭難を思い出した・・・・
happoone
栂池の隣の隣八方尾根スキー場
眺望・スケールとも日本一
こちらはコースに車道はないが、かつてはリフト鉄柱に衝突する死亡事故が年に1度ほどあった。
Feb.05 2008

17.1 生きた <補遺>

【17.ふきこぼれたいのち】で少しふれた、少女についてもう少し書き連ねましょう。

残念ながら、「ムツゴロウの博物誌」(全3冊)は手元に今はないので、記憶を探りながらですが・・・

少女の病名は白血病、今でこそドナーからの骨髄移植などで渡辺謙さんなど助かるケースもありますが、当時は治療法がない不治の病だった。

両親は少女に病名を必死に伏せていたが、不用意に買い与えた少女マンガに病状の経過が詳述されており、自分の病気を知り、ショックを受けた少女は両親との会話がしばらく途絶えてしまう。

何かのきっかけで少女に再び笑顔が戻った。
その天使のような笑顔が両親にはかえってつらかった。
ムツゴロウ氏が少女を見舞っていたのはそういういきさつからだった。

少女が瀕死状態から戻ったとき安心したようにムツゴロウ氏に話しかけた。

「おじさん」
「わたしね」
「きれいなお花畑の中をさまよっていたの」
「いくら歩いても誰もいなくて泣いちゃった。」

いのちの炎が消えるとき、その時期を自然に悟るようだ。
その病状が一進一退したのち
少女は笑いながら呼びかけた。

「おじさん」
「ん、なんじゃらほい」
「今度こそ、だめじゃらほい」
「馬鹿」

少女のまぶたを閉じさせて安心させようと手を伸ばしかけた腕を止めた。

少女は生を受けてわずかな期間に他の人の一生分に匹敵するほど十分生きたと思った。
貴重な時の一瞬一瞬を大切に生きたと思った。 Jan. 28 2007

101.姿三四郎<蓮池の中で 後編>

Ⅲ.一本の杭
三四郎は無念だった。
師も兄弟子も、和尚も誰も自分が強くなったことをほめてくれない。
助けようともしない。
これだけの罰をこらえる自分に救いのないことが憎しみを増した。
意地でも謝れない。
意地でも陸へ上がれない。

冷える体と睡魔に襲われながら故郷の死んだ母や父を思い出した。

父母が心配そうに三四郎を見つめる。
母の頬に一筋の涙が流れた。

そのままの格好で彼は何かを求めている。
それが何であるかも知らず、一本の杭にすがりつくだけであった。

時が流れた。

暁近く、池で蓮の花が咲くのをかすれゆく意識の中でみた。
三四郎の周りのそこここに蓮の花が開いていく
朝陽の光の筋が放射状に伸び、日輪が三四郎の頬を黄金色に染めた。
朦朧とした頭で、極楽浄土とはこのようなようすかとぼんやりと考えた。
黎明の冷たい空気をふるわせて、さいづち和尚の勤行の声が耳をうった。
道場に受身の音がつづき、その響きが池の面にさざ波をたてた。
池中の彼に関係なくここに常の一日がはじめられた。
三四郎は、不覚にも喜びの涙をまぶたに感じて目を閉じた。


Ⅳ.天地自然

昨夜の和尚の言葉が天地の声として体に伝わってきた。

たえることなく美しく
未来へ生き続けていくよう
自然は・・・・
お前を見守っている。
その中で豆粒のようなお前が
慢心してなんになる。


苦痛もなく、不平もなく、怒りもなく、穏やかな気持ちにつつまれた。

「矢野さんは学習院に行ったが、許すといわなかったようだな。あがれ、三四郎。」
言われるがままに陸にあがった。
「よい顔だ。」
和尚がうやうやしく捧げた蓮の葉の上には赤飯が山盛りに載せてあった。
「蓮飯だ、食べなさい」
「和尚、僕は悟りはせん。」
「悟ったような顔をしていればよかろう。ほっほっほ・・・・」
「赤子のようなよい顔をしておる。今日は新しく生まれ変わった誕生の日ぞ。」
三四郎は不覚にもまた熱いものがのど元にこみ上げた。

Ⅴ.エピローグ
三四郎は蓮池の一件以来、師から稽古の禁止を言い渡されたが、悔しくはなかった。
その日以降三四郎には目に見えるもの全てが新鮮に見えて仕方がない。
木々にとまる小鳥たちのさえずり、木の葉のざわめき、頬にあたる風の全てが心地よく感じられた。
邪気のない笑顔で道場の掃除・洗濯をする姿三四郎。

・・・・原作を読みながら、心に浮かんだイメージをそのまま綴りました。
蓮池の中で、大いなる自然に包まれている自分を発見し、そのありがたさに気づく三四郎の心情が少しでも伝わったでしょうか?
感動を表現しようと何度手を加えても満足できない。
やはり、原作が一番いい。お粗末でした。
14 Jan. 2007

100.姿三四郎 <蓮池の中で 前編>

富田常雄原作のこの小説を読んだきっかけは、本宮ひろ志さんの漫画「姿三四郎」がきっかけでした。
原作も漫画もどちらも秀作ですが、特に感動的なのは姿三四郎が師である矢野正五郎に「死ね」といわれて蓮池に飛び込んだくだりです。

三四郎が技にうぬぼれ、有頂天になりましたが、師に叱責され、和尚の言葉を蓮池で泥にまみれながら聞き夜を明かし、自然の摂理と道の何たるかを知り、人間として成長するところが実に感動的です。

原作と漫画の雰囲気を壊さないように、さわりを綴りました。

Ⅰ.矢野正五郎の叱責
姿三四郎が会津から上京して間もないころ、柔術家6人がめがね橋で矢野正五郎を待ちうけして闇討ちをした際、矢野に次々に神田川に投げ飛ばされていくのをみた。
以来、矢野正五郎のように強くなることだけを夢見て一心に精進・稽古をし、師から大技の山嵐を授けられる。

あるとき、市中で刃物を持った無頼数人を叩き伏せた、三四郎は爽快感をもった。
騒ぎを聞きつけた警官に取り囲まれ、警官までも投げ飛ばし留置場で一夜をあかす。
翌日、柔道の練習場所である寺で矢野正五郎によばれ破門されるかと覚悟したところ、言われたのは「強くなりすぎたので死ね」と言う言葉だった。

「・・・・先生、私は先生のように強くなりました。直伝の山嵐で刃物を持った無頼漢を投げ飛ばすことができました。」
「道を知らぬものに柔道を教えたのは間違いだった。きちがいに刃物を与えたに等しい。」
「先生、僕は人の道は知っているつもりです。」
「人の道を知る者とは、火の中にあっても、水の中にあっても淡々と死ねることだ。」
「・・・・・・・・」
「それが武道だ。」
「先生が死ねといわれるのなら今すぐに死にます。」

Ⅱ.三四郎の意地
声とともに、外の蓮池に飛び込む。
蓮の葉がざわめき、水の波紋が消えるころ三四郎は浮き上がって一本の蓮の茎をつかんだ。

たわいもなく折れてまた沈んだ。

泳ぐには浅く、立つにはあまりにも泥深かった。三四郎は池に打ち込んであった一本のくいに手を伸ばしてつかまった。一部始終をみていた和尚が三四郎に話しかける。

「慢心小僧、そのまま水に潜っていたら死ねたものを、何故浮いてきた?」
「息が苦しいからだ」
「ならば、火の中に飛び込んでみるか?熱いぞ。では、崖から飛び降りるか、これも痛いわのう、ほっほっほ・・・」
「和尚、何が言いたい!楽な死に方なぞあるかっ!」
「それが道というものだ。死ぬには強烈な苦しみが伴う。」
「だから人は死を怖がる。だから生きる。これが自然だ。」
「人間が滅びないように全てに計らいがある。」
「それが自然、仏法の基本じゃ。」

「そのように遠大なものにまもられている豆粒ほどの己が何をとちって慢心する。降参して池から上がれ、矢野さんに謝れ。」
「嫌だ!・・・・僕にも意地がある。」
「意地があるなら、その杭を放さんか、やはり死ぬのが怖いか?」
「死ぬのが怖いわけじゃない、悔しいんだ!強くなって何故悪い。何故死ねといわれねばならんのかわからない。」
「ならば、池からでたらどうだ、矢野さんはお前に死ねといった。死ねぬならば出てしまえ。」
「先生が出ろと言わない以上死んでもできん。」
「和尚!僕はどうしたらいい?」
「沼のヒルは吸い付く、体は冷える、杭は離せぬ、陸に上がるは無念、どれもこれも八方塞りじゃな、馬鹿は死ね!ほっほっほ・・・」
Jan.13 2007

95.寿 師走から正月へ

12月はかたくりの誕生月です。本来ならばめでたい月なのですが、年とともに気が重い月になりつつあります。
NHKの大河ドラマの最終回は大抵臨終で終わるのがたまらない。合戦で死ぬとか切腹ならまだいいですが、年老いて死ぬというのは年末には勘弁して欲しい。
年配の方に高い支持のある番組ですが、どういう気持ちで最終回を見ているのでしょうか?
新年に希望を持てるような、躍動感のある最終回にして欲しいものです。

昔の視点で季節の流れをみるならば、冬は実りの季節を終え、野良仕事ができず飢えを忍ぶ季節です。いいかえればお年寄りにとって死と向かい合う季節です。
大晦日は、商人にとっては帳簿を手に1年のつけを回収する時で、借金に追われる貧乏人にとってはなんとかしのいでつけを来年の大晦日まで延ばすべく必死に口実をつけて逃げ回る季節だと聞きました。
その厳しい季節が過ぎて寒梅が咲く初春に命の息吹を感じ、老人はまた一年生きられると命の喜びを実感し、正月に皆で1つ齢を重ねて喜びを分かちあったのではないでしょうか。
昔の年取りには、そんな厳しさを越えた喜びがこめられていたと思います。
正月は旧暦でやったほうが、齢を重ねるありがたみがあっていいと思うのですがどうでしょうか。

今の正月は、クリスマスのあとすぐ年賀状書き・大掃除・忘年会とあわただしく時間に追われ
季節感もないまま迎える正月も年号が変わるだけで、相変わらず冬なので初春も寿の本来の意味を感じません。

Dec.28 2006

94.生きる

恒温動物と変温動物の違いはどこにあるのでしょう?
脊椎動物では、魚類・両生類・爬虫類が変温動物。鳥類・哺乳類が恒温動物です。
一応、恒温動物は脳の視床下部にある体温中枢があり温度を感知する受容器からの伝達をうけて、熱の産出量を制御して一定の体温を保つわけですが、別に組織・臓器が恒温・変温動物で大きく異なるわけではありません。

やまね・りす・コウモリなどの小動物では、体積に対する表面積が大きく発熱量が大きいため冬場はそれをまかなうだけのエネルギーが食物で取れないため冬眠し体温は0~5℃まで下がります。

また、かたくりの経験ではラットの新生児を実験のため冷蔵庫に2日ほど放置したことがあります。驚いたことに、冷蔵庫の中でも凍死せず2日後でも生存していました。

保育中の母親が営巣し授乳されている新生児の体温は温かですが、育児放棄された新生児では体温が低下し、餓死するまで生きています。
恒温動物でも新生児は基本的に体温調節機能が不十分で、体温が下がっても栄養状態が悪くなければ、ある程度生存可能であろうというのが私の結論です。

最近、興味深いニュースがありました。
2006年10月7日に兵庫県の六甲山で男性が遭難しました。この男性は2日後の10月9日には意識を失い、10月31日に発見されるまで23日程の間、いわゆる冬眠に近い状態だったのではないかと医師が話している。発見時には体温が約22度という極度の低体温症で、ほとんどの臓器が機能停止状態だったが、後遺症を残さずに回復したとのこと。
組織が凍結したうえでの凍死は別として、体温の低下で死ぬのか考えると良くわかりません。
臓器移植の際には、臓器を低温保存もするので・・・・・。
命の仕組みというのは、まだよくわかりませんね。
からだが、本人の意思と関係なくぎりぎりまで生きようと努力しているように思えます。

Dec.26 2006

88.鮭の遡上 <いのち削って>

昨年11月、新潟県の能生川、名立川、有間川に行って初めて鮭の遡上を見ました。
晩秋の日本海の荒波にせきたてられるように海から川に鮭が遡上し、川で命を削るようにして泳ぐさまは感動的でした。
これまで、写真や映像でしかみたことがなかった川を上る鮭は、鼻がつぶれうろこが剥げ落ち河口近くから息絶えているもの、浅瀬で水しぶきを上げて進むもの、逆流をジャンプしてなお前に進むものなど命を削り燃やしながら泳ぐさまに夢中でカメラを向けていました。
これが親から次世代へ命をつむぐためにあるべき生物本来の姿だと心に刻みながら・・・。
夢を壊すような事実を綴りますと・・・3つの川を少し上流まで歩いてみました。
残念ながらどの川もやな場や2段の落差がある滝などに阻まれ上流まで遡上し自然産卵ができる可能性はかなり低いようでした。

漁協の人に尋ねるとまれに大雨でやな場が沈むような水量では上流まで遡り自然産卵をすることもあるとのこと。名立川には魚道がありましたが、こちらも水量に対して傾斜がありすぎ、見た限りでは魚道の入り口までしか魚影がみられませんでした。
海にいる鮭は徐々に体を淡水に順応させ、川を遡るときには餌を食べません。
完全な片道切符です。上流まで上れないなら河口近くで産卵してもよさそうに思うのですが、鮭はそれをせず故郷の上流を目指していました。
愚直であわれですね。
簗場漁の小屋で腹を裂かれて卵巣を取り出された、鮭が山積みされていました。
簗場近くに目立たぬように慰霊碑ぐらいは建ててあげてはと思うのは、
毒性試験で何十万匹もの実験動物を薬殺した負い目からでしょうか。
Dec.02 2006
この波の中に河口を遡上する前の無数の鮭がいます。それぞれクリックで画像を拡大できます。↓
  波とともに遡上した鮭、写真やや左下方
   遡上する鮭の群れ

   激流を跳ねる!

   命削って・・・・

    旅の終わり 自然に還る
  捕まえた!  ↑クリックで画像を拡大できます。

49.育児・時のうつろい


カタクリには、娘が三人います。
末娘もいつのまにか6歳になりました。
時を止めていつまでも幼くあれと思うのですが時は無常です。
私の思いとは無関係に時が流れていきます。

長女が赤ん坊のときには、こちらも新米の父親で、子供のあやし方を知りませんでした。
内儀さんから赤ん坊を渡されたとたんに泣き出し、突き刺すような冷たい視線をうけました。
父親は、おっぱいがないので赤ん坊をあやすのには相当ハンデがあります。
内儀さんの目を盗んで、口の中に私の指を入れちゅぱちゅぱとしゃぶらせました。これで結構泣き止みました。
二番目の娘の時には、一計を案じ大きなバスタオルに入れ、揺りかごのようにしてゆすると気持ちがいいのか大抵のぐずつきは納まりました。
末娘にもやってあげると、長女や次女がやれととせがまれました。
こちらは、もう重いのに加え、ジェットコースターのように激しく上下に揺らしながら回転させないと満足しないので大変でした・・・・・。

こんなことやあんなこと、娘達を笑わす為にいろいろなことをしたのですが、時が過ぎいつのまにか長女とは少しずつ距離ができつつあります。
娘にとっての父親というのはこれでいいのですが、淋しいものですね。
モントリオール滞在中不眠で倒れたとき手書きでもらった励ましが最後だったかな。

末娘とは、時の流れを感じながらたわむれています。
2004 Feb. 15
fcblog

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45.時の長さを考える


1時間、1日、1月、1年、10年・・・誰も等しく過ごしているこの時間の流れが、年とともに速く短く感じるのは何故でしょうか?

私は終戦後10年に生まれ、子供の頃は10年という月日はとても長いという感覚でした。

10歳の時には、10年が十分の人生の長さそのものなのでとてもとても長く思えました。

20歳の時には人生の半分なので10年の長さが感覚的にはわかるのですが、それでもとても長いものでした。

30歳の時には人生の1/3、40歳の時には1/4・・・・。

時とともに10年間が人生の中で間隔が狭まっています。あたりまえのことですが、これが年とともに時の流れが速く感じる理由なのでしょうか?

私の十代のときは、受験勉強の合間に里山を駆け巡り、小説を読み後に無限の時間がありました。

二十代のときは、大学時代に実験、登山、読書、就職活動、失恋(多数)、温泉めぐり
女性運はありませんでしたがそれなりに充実した日々でした。

三十代に独身生活にピリオドをうってから、いろいろなことが大きく変わりました。

今私は不惑の世代ですが、感じることはその世代ごとに、時の流れが違うということです。

娘達と一緒に生活していても、内儀さんと時の流れはほぼ一緒ですが、娘達とはあきらかに違がいます。

娘達が私達の世代になった時には、私は人生の最終章か、もういないかどちらかです。

人は何を考え、どう納得してこの世を去るのでしょうか?

私は、おそらく最後のそのときまで、若さを追い求め、生に執着するでしょうね。'05 Feb. 1
fcblog

43.受精


【徒然動植物記】でも魚類の受精について綴りました。
「24.男と女の性のよもやま話」でも少しふれています。
魚類の受精の方が、精子が1つしか通れない卵門があるので多精拒否のメカニズムがより優れていますが今回は、哺乳類の受精について。

卵子は、胎児のときに卵母細胞の増殖を止がとまり、その後ず~っと4倍体で排卵時に第1減数分裂を行い2倍体の分裂中期の状態で精子との出逢いを待ちます。
排卵まで4倍体で存在することにより、放射線・遺伝毒物などで染色体に障害が起きても、相同染色体4本のうち1本でも残っていればそれを鋳型にして修復が可能です。
神のはからいか、染色体の保護という点では、体細胞や精母細胞より堅固です。
排卵後の卵母細胞の加齢は早く、正常な受精ができるのはせいぜい10時間以内で、それを超えると第二分裂で染色体数の異常が生じたり、2個以上の精子を卵内部に侵入を許したり(多精)して、受精後の胚発生が途中で止まってしまいます。
排卵前の卵の加齢はもっと緩やかで35~40歳位になると第二減数分裂異常を呈する排卵が次第に多くなります。染色体の異数性は大抵胚が死亡しますが、第21染色体のような小さな染色体や性染色体を過剰にもった胚はその後も発生を続けます。これがダウン症やクラインフェルター症です。

子供は授かり物であって、子作りとか計画出産という言葉は不遜だと思いますが、母体の若いときに出産はしたほうが健康な子を産む確率が断然高いです。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

で、やっと本題の受精

精子は、染色体を極限までコンパクトにした頭に先体という帽子、首にエネルギー源となるミトコンドリア鞭毛という姿で、射精後膣内から子宮~卵管へと卵子を探す旅をします。
精子の受精能力は3日程度です。
片道切符なのでどこかサケの遡上のような悲壮さがあります。
一方、卵子は卵巣から排卵後卵管から傘のように開いた卵管采で受け止められ、卵管を下っていく途中で精子の群れに取り囲まれます。
ここに到達するまでに最初は3億個ほどの精子が振り落とされわずか数百程度になってしまいます。
この精子たちが、卵子を取り巻いている細胞の隙間に割り込み、卵子の表面にある透明帯というバリアーを先体からでる酵素で精子が協力しあって溶かし、卵子の中に最初に進入したものが、受精の権利を与えられます。

1個の精子が侵入すると、加齢の進んでない卵ならば、直ちに細胞電位により、卵膜内に他の精子が進入しないように結界を張ります。
一方内部では、第二分裂中期の卵核は半分の染色体を極体として放出し、卵の中心に速やかに移動し前核を形成します。精子は、首から星状体を放射し膨潤しながら雄性前核を形成し卵の中心で雌性前核と結合します。
これが、新しい命の誕生した瞬間です。
この間に、様々な生命現象が起きます。
眠っていた卵子にまるで命を与えるように精子の侵入の瞬間に起きる生命現象はとても神秘的です。
誰もが神に祝福されて生まれた・・・・。そんな厳粛な気持ちにさせられます。 '05 Jan.
fcblog
80107

40.いのち


前にも同じタイトルで綴ったことがありますが、今回はいのちのレベルについて。

ヒトより例にしやすいのでサルを想像してください。

最小の命の単位としては、細胞レベル。
次に、組織・器官・部位等の機能レベル。
次に、個体のレベルの命があります。

これで命のレベルが終わりではなく、種(生物学用語では個体群)が次の命のレベルです。

言い換えれば、自分の遺伝子が少しでも濃く残っている個体が生き残れば、自分という個体が消滅しても命のリレーをしたことに生物学的意義があります。
サルの群れのボスは全てのメスを自分のものにしますが、群れに危険が迫った場合、命をはるのもボスザルです。自分の血を残す為です。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ここからは、ひんしゅくを買いそうですが・・・・・
生物学的な個体の死とは、生殖機能が停止した段階のことをいいます。
繁殖可能年齢が生物学的な寿命であり、結婚して子供を2人残した場合に生物学的意義を全うしたとみなされます。
例えば、カタクリにも妻子がいますが、内緒で外で次世代をもう一人・・・などと倫理に反する行為をしないで、生涯を終えたとすれば、もう生物学的生存の意義はなく、死んでいるのと同じとみなされます。
まだできるのですけど・・・あ~ぁ。
また、1卵生双生児では、生物学的には1人です。どちらかが次世代を残せば生物学的役割は全うしたことになります。

一卵性双生児は、お互いがクローンの関係です。臓器移植で免疫的な拒絶反応がありません。

社会的ないのちの概念と生物学的な概念と大分異なりますね。

近代医学・バイオテクノロジーを使わなければ、男性の生殖機能は年老いてもありますので、生物学的な個体の寿命は、男性の方が長命ということになります。 '05 Ja. 18
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37.赤ひげ・・・倉本聰さんの問いかけ


Gooのホームページ【映画とドラマ】http://members.goo.ne.jp/home/katakurijpで「赤ひげ」をみた当時を思い出しながら綴りだしたところ、あの感動がよみがえりました。
Yahooで検索してみたら、1・2年前に第19話を再放送したらしい。見過ごしたこと、かえすがえすも残念です。

倉本聰さんの脚本は、原作者の山本周五郎氏の人情ものの短編小説をも余すことなく反映して命の尊さ、貧乏の悲哀、医師の倫理観を問うすばらしいドラマに仕立てていました。
VIDEOまたはDVDで発売されたら、手に入れたいです。

第19話のあらすじをNHKアーカイブスから下にコピーしました。

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金曜ドラマ 「赤ひげ」 第19回 ひとり
1973(昭和48年)3月2日放送 : 59分
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 若い見習いの医者・保本登(あおい輝彦)が、赤ひげと呼ばれる医者・新出去定(小林桂樹)との出会いから、医者として、人間として成長していく姿を描いた、金曜ドラマ「赤ひげ」は、山本周五郎の小説「赤ひげ診療譚」を原作に1972年から73年にかけて放送されたドラマです。
 「第19回~ひとり~」は、倉本聰が脚本を担当し、赤ひげと保本登の、医者の使命感をめぐる意見の対立を中心に描いた、現代にも通じる医療問題を扱った回です。

【 あらすじ 】
 大火事の負傷者を救うため不眠不休で働いた保本登は、夜中の急患を疲れのあまり断る。そのため、急病の子は手後れで死んでしまう。保本は、「医者も人間であり、疲れて眠いときは眠っても仕方ない。」と思うが、赤ひげは「医者は人間ではなく、まず、医者だ。」と保本を怒鳴りつける。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

赤ひげと保本登との対話のシーン:
「保本、おまえは夕べ患者の親に医者だって人間だ少しは寝かせろといったそうだな。眠いなら、なぜ俺を起こさない?」
「おまえは、医者の見習いだ、そういうことは一人前の医者になってから言え。」
「先生、医者は人間ではないのですか?」
「ない!医者は自身のことを考えてはならない、患者にとって医者は、人ではない。いわば神だ!」
「先生、子供はどうなったのですか?」
「死んだっ!手遅れだ。」
「5歳の男の子だった!」

この後、保本登は高名な町医者の家に招かれて蘭学の本を自慢され、小石川養生所にお上が下される公費が高価な本1冊の額にも満たないことを知ります。
赤ひげが一つの命を救おうとして、その時代の医術の限界に精神的にもギリギリまですり減らして奮戦している姿をあらためて知り、それまで頑迷にしかみえなかったその志の気高さ、孤高さに真の医者のあるべき姿を知ります。
俳優小林桂樹さんの赤ひげはじつに見事でした。

医療過誤が、たまに新聞をにぎわし、それが氷山の一角と思う私達ですが、倉本聰さんの理想の医師というのは社会通念の名医とは異なっていました。

こんなせりふもあります。
「万人に共通する教訓なんてない。」
「殺すな、盗むなさえ絶対じゃない」

『誤診』
「騙すことだ。誤診をした。それはそれでいい。患者が知らなければ、患者はこれまでどうりおまえを信頼しつづける。」
<保本登は、良心に耐えかねて誤診をしたことを患者に伝える。その結果患者は、保本を信頼できなくなり別の医師に見てもらいたいと言い出だす。>
「保本、おまえは患者に誤診したことを伝えたそうだな。」
「先生、人の誠意とは・・・」
「人間の誠意について話しているんじゃない!医者の誠意について話してるんだ。医者の誠意とは、患者の信頼に応えうる人格を示すということだ。」
「患者はそれでもついてくるかね?患者が医者を信じられなくなったら、一体誰を頼ったらいいのかね?」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
倉本聰さんの理想の医師像という視点に共感を覚えます。

そこには、どうしたら自分の足らない技術・知識の限界を補って患者に満足してもらえるかという時代を超えた問いかけがあり答えがありました。

情の通わないメスで物のように扱われて治療されるより、心のこもった手で脈を測られたほうが、私は感謝の気持ちがわくのですが、皆さんはどうでしょうか? '05 Jan. 23

赤ひげ

23.ムハマド・アリ


伝説のヘビー級王者ムハマド・アリ。彼はカシアス・クレイと呼ばれていた頃から華のある漢でした。
1964年当時最も高いKO率を誇るソニーリストンを倒し、3年間に9度の防衛。
1967年ベトナム戦争への兵役を拒否したため、無敗のまま王座を剥奪。
1971年に再び王座をかけてジョー・フレージャーと対戦こちらもダッキングしながら相手の懐に入り蒸気機関車のように連打するためスモーキングジョーと呼ばれた強豪で、4年間のブランクがたたり敗れました。この時のタイトルマッチは、無敗同士の、現チャンピョンと元チャンピョンの誇りを賭けたボクシング史に残るビッグファイトでした。
また、そのジョー・フレージャーをわずか2ラウンドでKOしたジョージ・フォアマンのパンチの破壊力は凄まじいもので、象をも倒すと呼ばれました。アリの顎を砕いたケン・ノートンさえも対戦時には射すくめられて目を合わす事ができず2ラウンドでKO。
1974年に、この怪物フォアマンを8ラウンドで劇的なKOをし世界中を驚かせました、その後10度の防衛。
その後も、敗れてタイトルを奪われたり、奪回しましたが、2度の世界チャンピョンの時代が彼の最も華やかな時でした。
フォアマンにリターンマッチを組ませなかったのは、プロモーターのドン・キング氏のしかけかもしれませんでしたが、再戦して結果がどうなったとしてもアリの評価が落ちることはなかったとおもいます。
もし、チャンピョンベルトを剥奪されなかったら、彼はどんなファイトをこの空白期間にみせていたでしょうか?
現在はパーキンソン氏病との闘病生活ですが、おそらく減量のために使用したであろう覚せい剤となんらかの関係があるのではと思います。
真実がどうあれ、彼の言動と名勝負の数々はいつまでも語り継がれることと思います。
彼は現役時代、顎を砕かれても、判定で敗れても一度もダウンしたことのないボクサーでした。

おそらく、一度も自分が負けたとは思っていないでしょう。
ムハマド・アリ:ローマオリンピック
ジョー・フレージャー:東京オリンピック 
ジョージ・フォアマン:メキシコオリンピック
いずれもヘビー級の金メダリストです。
'04 Oct. 28
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21.命のものさし


今の社会では、三世代同居というスタイルや隣組という連帯意識が希薄になってきたので、死は日常の意識から遠い存在です。

学生時代までは、二十代後半は既にオジサン、オバサンという見方をしていました。
また、両親との年の差というのを埋められないほど長い年月と思っていました。

ところが、自分が子供を持つと子供を私に、私を自分の両親に置き換えて見ることができました。
数十年してこの子達が今の私の世代になると私は、両親の世代になる。あるいはこの世にいるかどうか・・・・。

大学の先輩も子供を持ったとき、「人はこうやって年老いて死ぬのか」とおもったそうです。
それまで、誰が、年をとろうと自分だけは死なないと、生物学を学びながらも確信として思っていたそうです。

その気持ちよく分かります。改めて自分を姿見でみると、髪も薄くめっきり白髪が多くなりました。
今は、鼻毛にも白いものが混じるようになりましたから。 '04 Nov. 26
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17.いのち


多くの動物にとって、産卵や求愛行動は命と引き換えの厳しさがあります。
下記の少女の話はムツゴロウの動物記(全3冊)にも出てくるのですが、『天然記念物の動物たちより』(畑正憲氏著)ホタルイカのエッセイから抜粋しました。読んで感動される方もいるでしょうし、無関心の方もいると思います。
無関心の方は、若く健康な証拠でそれはそれで望ましいことだと思います。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

<<前略>>
地元の漁師達は、産卵にくるホタルイカは、どこかで死ぬと信じていた。
私達の潜水服姿を見ると、「ホタルイカの墓場を見つけてくださいよ」
「墓場ですって?」
「何万というイカが死ぬ場所があるそうですよ。死体が雲のようにたなびいているところがあるそうです。」
<<中略>>
水深7メートルの所に、巨大な(ホタルイカの)泳層があった。15メートル以上の所にはまばらであった。何におびえるのか、イカは時おりささっとスピードを増した。
もう、私を避ける力も残っていないようである。
やたらからだにぶつかりそのままはりついてぶるぶるふるえながら光を放った。イカの灯で飾られた私は、きっとヴィーナスより美しいに違いない。
私は、手に張り付いたイカをそのまま目の前に運んだ。
涙があふれた。
藍色に輝く灯は、何か極度に張り詰めたものが、こぼれくずれながら燃えているようであった。ためこんだ生命の元素が吹きこぼれ、
吹きこぼれついには消えていくような切なさがあった。
私は、はからずも、ガンで死んだ小学校5年生の少女を思い出していた。
親が側についておれないというので、私はしばしば見舞いにいった。
ある日、突然、死神に襲われ、狂ったように暴れた。
一時、完全に息を止めた。顔はチアノーゼで紫色にふくれ歯がどす黒い血で染まっていた。
医師が少女に馬乗りになり、胸を押した。やっと乳首が咲き始めた
胸を押した。長い格闘の後、生命の火がもう一度だけ少女に帰ってきた。呼吸が正常になった。
私は、少女に意識が戻り、夢からさめたようにぽっかりと目をあけた瞬間を忘れることができない。あどけないやすらかな微笑が浮かんでいた。
地獄から天国に舞い戻ったんだ。生命にとってこの世は天国なんだ
とつくづく思った。
少女の消えつつある生命の炎がかきたてられ集められ笑顔の中に輝いていた。
ホタルイカは、いつまでも私の側を通り抜けていった。とぎれてはまた、数を増して流れていった。
<<後略>> '04 Nov
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16.いのちをつむぐ


学生時代には、さまざまな生物のいのちの営みに目を向けていました。

【徒然動植物記】と一部重複しますが・・・
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学生時代、ヒキガエル、メダカ、フナ、ウニ、金魚の発生と命の芽生える瞬間から、個体になるまで寝袋持参で実験室で観察していました。
卒論は、メスだけのフナの受精(雌原生殖)メカニズムを解明することでした。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
卒論は特殊なので、一般の魚類について単純に説明すれば、卵の外側にChorion(いくらのぷちぷちという歯ごたえのある膜)という膜がありそこにたった一つ、精子が一個だけやっと通れる穴(卵門)があります。
淡水に放卵して卵門が開いている時間は数秒です。一方精子も淡水中で動けるのは30秒位です。
このため自然界で魚類の受精は、雄と雌がめぐり合って、追尾行動をしてなんどもタイミングを計って、放卵と射精を同時に行います。
皆さんもサケの放卵の写真を見たことがあると思います。


放卵後、数秒のうちに、卵門に到達するのはゴルフでホールインワンをする位の確率ですが、多くの精子を犠牲にして、ホールインワンを達成した受精卵は、その瞬間からさまざまな生命活動が始まります。
卵の内部では、雌性前核と雄性前核の癒合、卵膜は、卵門が閉じ、卵の表層胞が放出され卵膜が強化され、卵割をしやがてリズミックムーブメントという卵全体が一定のリズムで自転し始めます。
実験室で、人工的にこの受精をすると、受精前は卵が無生物のように静止したままですが、受精により精を吹き込まれたようにさまざまな生命現象が観察でき感動的です!
わたしは、その実習を通じていのちというものを深く考えさせられました。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
だからサケの産卵の写真をみると、感動とともに命を紡ぐ気高さを感じられずにはいられないです。
サケは9月頃ふるさとの川付近を周回し、体を海水から淡水に切り替え片道切符の一世一代の遡上準備をします。
私がサケなら、来年にすると死ぬのを一年延ばしますが、10月には何もかも振り切って、のまず食わずでふるさとの川をひたすら遡上します。壮絶ですね。命を紡ぐというのは。
私は、サケの遡上というのを見たことがないのですが、いつか見てみたい。そこから、次世代への命のリレーに対する責任と覚悟が学べるような気がします。

身近な周りにも、蟷螂の交尾や、蝉の短い命がけの営みがみられ次世代に対する親世代の厳しさ・はかなさを感じるのは年のせいかしらね。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
'04 Nov
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15.人生賛歌


平林たい子さんの詩にこんなのがあります。

花のいのちは短くて
苦しきことのみ多かりき

鐘がものをいふ 霧だ霧だと
鐘がものをいふ 生きろ生きろと


室生犀生さんの詩

悲しめるもののために、みどりは輝く
苦しみ生きむとするもののために
ああ、みどり輝く


武者小路実篤さんの詩

天に星、地に花、人に愛

'04 Nov.
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12.チャップリンのライムライト


年老いた道化師と若きバレリーナの美しくも悲しい愛の物語・・・。
この『ライムライト』はチャップリンの集大成と呼べる作品だと思います。
チャップリンの人生論が多くのシーンに盛り込まれ、そのひとつひとつが本当に素晴らしい。
ストーリーは若干あいまいですが、私の印象で綴りました。
本当は、もっと素晴らしい。
映画の冒頭に
”華やかなライムライトの陰に老いは消え若さに変わる”
とこの映画のテーマが映し出され始まります。
-------------------
喜劇で一世を風靡した老道化師カルベロ

その繊細で豊かな感性は、大衆が求める笑いと次第に溝が深まり次第に忘れられていった。

ある日、酔ってアパートに帰ると、一つの部屋からガスのにおいがした。
何かの危険を察知し、ドアを押し破り入ってみると、
ガスの充満した部屋の中に美しい若い娘が倒れていた。

医者を呼び、手当てをして見守るカルベロ
娘が、息を吹き返すと
娘は、「何故死なせてくれなかったの?」と責めて泣いた。
「まあ、人間ミスはよくあるものさゴメン。」
「あなたは誰?」
「私の名はカルベロ、もしかしたら君も知っているかと思うが・・・・」
「あの有名な喜劇役者?」
「昔はね・・・・」
「若いときにはすぐ死にたがるものだ。」
「あなたは?」
「人間年をとると生きるのが習慣になる。」

娘の名はテリー、バレーの踊り子だったが、リューマチを患い踊れなくなったという。
一度は入院して回復したものの、もう一度踊れなくなってしまい絶望してしまったのだ。
アパートの管理人に、ドアを壊され、自殺を図ったことを知り部屋を追い出される娘
ほうっておけずカルベロが自室において生きる希望をもたせようと励ました。


「テリー、恋をしたことは?」
「笑っちゃうほどの幼い片思いだけど、リューマチが治り雑貨店でバイトしていたとき、貧乏なピアニストに恋をしたの」
「それから?」
「彼のアパートからは、いつもピアノの曲がながれていたわ。
いつも青白い顔をして、シャイで五線譜を買っていったの。
私は、五線譜を多く渡したり、おつりを余計にわたしてそれがマスターにばれてクビになっちゃった。
そのあと、彼はコンサートで成功したって風の便りで聞いたわ。」

「そう。じゃあ、私が予言しよう。
君はきっと、バレリーナとして復活する。
そして君の片想いをした若者が君の元にきてささやく、ずっと君を好きだったと。」

「夕暮れが迫り、ピアニストは君のために作った曲を弾く、月も星も二人を祝福するように輝く、いつかその時がくるよ。」


「人生に必要なものは、勇気と想像力と・・・・わずかばかりのお金があればいいんだよ」
(All needs is courage imagination ……, and a little dollars.)

ある日カルベロは、名前を隠して舞台に立つが、
観客の顔は皆退屈そうだった。
「面白くないから帰ろうぜ」

観客の誰かが叫んだ。
「私もそうおもう。・・・・」
カルベロが力なく笑った。

アパートで・・・
「実は、今日エージェントとの契約の初日だった」
「本当?観客はあなたの喜劇に大喝采だったでしょう?」
「いや、まるで受けなかった」
「観客はあなたがカルベロだと知らなかったからよ。
明日はきっと大成功よ。」

「契約は、キャンセルされた。」
「もう駄目だ。
私の芸はもう誰にも相手にされない!
駄目なんだ!!!」

絶望するカルベロに、娘が言った。
「カルベロ、あなたは、私に言ったじゃない」
「生きること、生きること!生きること!!
宇宙は全ての命に力を与え、
人は、何もなくても、豊かな想像力が全ての困難に打ち勝つと」

「カルベロ、今こそあなたが戦うのよ」
「臆病な自分と向き合って、戦って!」

最後にこう叫んだとき、娘は思わず立ち上がった。

「カルベロ見て!
私は今自分の足で立っている。
Calvero, I 'm standing! I'm Standing!!」



公園で・・・・
「今、私は自分の足で歩いてる。私達の人生は、これから始まるのね。」
娘は、これからの未来の夢を描いていた。
「私達?」
カルベロは、娘のこれからの華やかな人生を予想し、娘のもとを去った。


カルベロの予想どうり娘はバレリーナとして華やかなスポットライトを浴びた。
娘は、恩人カルベロの消息を探していた。


主役の娘の舞台に名もないピエロの役でカルベロも舞台にたった。
カルベロと知らない興行主にピエロの演技は不評だった。
ある日興行主が、新進気鋭のピアニストを娘に紹介した。
このピアニストの曲に合わせて即興で踊れと命じた。
見事に踊った。
ピアニストは、この娘が自分に五線譜を分けてくれた売り子だと一目で気づいた。

「一目で気づきました。あのときお世話になりました。お礼がしたくてずいぶんとあなたを探しましたよ。」
「お互い私の期待の新人だ、一緒に食事をしよう」興行主が言った。
「私は、夫と食事をする約束があるので失礼します。」
「君は結婚したの?」
「ええ」
カルベロは再び娘の前から姿を消した。


路上で、仲間達と大道芸を披露するカルベロ
娘は、街中でカルベロをみかけてまた、一緒に暮らして欲しいと懇願した。
「人生は不思議だ。いつも完璧なシナリオを作る。」と笑った。
「テリー、私は前に予言したことがあったね。君の未来はあのピアニストと共にある。
彼の元に行きなさい。
私は芸人として自分らしく生きたい。
今こそ本当の自分を探すんだ。」




・・・・・・語りつくせないほど名場面の連続ですが、ラストシーンでは、テリーがカルベロのために1度限りのステージを計画してカルベロを再び舞台に立たせる。
大舞台の前で、カルベロの名声を取り戻したいというプレッシャーで、娘が肢がすくんでしまいカルベロに助けを求めた。
カルベロは、娘の頬を強くぶち、舞台へ進めと叫ぶ

何事もないように、舞台の中で踊る娘

カルベロは楽屋裏では、娘のことが心配でならない。
隠れて、一心に祈る。

「神様、私はあなたがどのような方か知らない。
祈り方も知らないが、私の生涯に一度の願いを聞いて欲しい。
彼女の力になって下さい。」


今度は喜劇役者カルベロとして、一世一代の芸を披露した。
サクラでない、満場の観客の笑いと歓声を聞いた。
アンコールが続きなんども舞台で珠玉の芸をみせた。
幕引きにするためバイオリンを弾きながら舞台から落下すると、運悪くドラムの皮を破ってその中に落ちた
ドラムに体をはさまれたまま、舞台に運ばれ芸の終わりを告げて
舞台の端に下がった。

大怪我だった。
呼吸もできない。
カルベロの後、テリーはライムライトの曲に合わせて無心に踊った。
その踊りを眺めながら
「Heart とMindか不思議な言葉だ・・・・」
静かに息を引き取った。

この映画から、チャップリンの感性の豊かさ・人生観・コメディアンの哀しさを感じさせされ、また生きる勇気をもらいました。

'04 Nov.
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